…奇跡の子…
It returns safely miraculously

その少年は馬車の中、ガタガタ揺れる馬車の中、膝を抱えて座ってた。
バレンヌ皇帝のお膝元。帝都アバロンへ引っ越しだ。
近くに同世代の子はいなかったから、別れを惜しむ相手もいない。

ガタゴトガタゴト揺れる馬車。ミラマー旅立ちソーモン通ってアバロンへ。
ガタゴトガタゴト揺れる馬車。危険な道じゃ……無かったはずだ。

パチパチ燃える焚き火の火。周りを囲む一行が、輪を組んでも真ん中見える。
その場所いるのは気高き女帝。各地を巡り魔物を倒し、人々護る我等が陛下。
誰ぞの為に槍を振る。気高き優しき我等が陛下。

「今回は少し長くなったな。」
体躯の良い男が薪をくべる。年は20代半ばと言ったところ。
屈強さをより際だたせる身に纏った白銀の鎧。
誰もが一目見れば皇帝直属親衛隊。インペリアルガードと一目で解る。
その男マールバラはお疲れの様子。

「早いとこ休みたいですね〜こんな野っ原じゃおちおちお酒も飲めませんから。」
とか言いながら酒瓶を取り出そうとして陛下に手を叩かれたのは変な頭の恐らく術士。
特徴的なゴーグルは、奇策でボクオーンを討ち取った、軍師シゲンにあやかって。
軍師タンプク。奇抜な頭と名前と態度。まだ十代だと言ったらば、ほぼ百パーセントが嘘だと言う。

「とりあえず早く休みたい〜。あ〜でも今回土産無い〜スパローにどやされる〜。」
空色の髪の女の子。シティーシーフのフォックスは、兵隊志望の女の子。
だけれど行く先々でお宝探す。彼女の天職やっぱりドロボウ。

「そう言えば、陛下は何食べます?」
ニコニコ笑って食べ物取り出すお侍。黒の装束がよく似合う。細身の剣士の名はソウジ。
ヤウダ一の剣豪の、顔色焚き火に照らされなお青い。
色白細身の剣豪は、気がつきゃそこらに吐血する。心配無用か天然か、彼の冗談笑えない。

「ソウジこそしっかり食べておきなさい。少なくともその顔色に血色が出てくるくらいわね。」
厳しい一言くれたのが我等が陛下、クリームヒルト。
蒼天色の衣と髪に、雲のごとくに白い肌。国中の少女は憧れる。
凛々しく気高い性格は、国中の男を惹きつける。
だけど本人自覚無し。だから今年で28、それでも未だに独り身だ。本人気にしちゃいないけど。

ガタゴトガタゴト揺れる馬車。道の途中でぴたりと止まる。
ガタゴトガタゴト揺れる馬車。危険な道じゃ……無かったはずだ……。

宵闇色の瞳は揺れていた。突然の悲鳴に飛び降りた先にあったのは血だまりに沈む両親と、
その上に立つ紫色のローブを纏った女だった。少年の目には、まさに魔女そのものに見えた。
赤く染まった牙はほんの少しの予備知識があればそれがバンパイアであることを教えるには十分だった。
逃げることも抵抗もままならない。都合良くそこにあった岩に細い体を押しつけられ、
残忍が瞳がよく見えた。真っ先に逃げればまだ違ったのかも知れない。

しかし見てしまった。無惨な両親の死を、子供の足では安全な場所に行けぬ事を示す地平線を。
首筋に鉄の匂いを含んだ息が掛かる。逃げても立ち向かっても死んだのだろう。
そうなって初めてあがく。生き延びたい。死にたくない。痛いのは嫌だ。とにかく…生きたい。
「い…嫌……あうっ…う…ぁ…」
痛い。喉元に食らいつかれて悲鳴すら満足に上げられない。
文字通り血の気が引いていく。このまま死ぬと思ったところでそれが止まった。
このまま死ねば自分もこの魔女の眷属と化す。その記憶は恐怖を呼んだ。
しかし首筋から手を肩に手を滑らされた時、その方がまだ良かったと思わせる悪夢を彼は味わうことになる…。

その頃見張りを立てて就寝中の、我等が陛下の所では…ソウジとフォックス起きていて、陛下も起きた頃だった。
「陛下〜今向こうで何か光りませんでしたか〜?」
光り物が好きなフォックスは、こういうことには至極敏感。
「…ん?」
クリームヒルトもしかと見ていたその光。受け継がれた記憶は光の正体知っていた。

「ほらっ!タンプク!!マール起きてっ!!でもってなんでソウジはまだ起きてるのよっ!?」
「いえ…フォックスさんお一人に見張りは酷と思いまして…。」
明日倒れないようにさっさと眠れ。ソウジはそう言われて起きていた。
理由は簡単。お慕いいたす、陛下の笑顔があまりに綺麗だったから。

「とにかく行くわよっ!」
ソウジが漫才の相方を決める前に皆を率いて光の元へ走る皇帝一行。
そこにあったのは…悲劇の後だった。

「まさか…こんな所で…。」
真っ先に言葉を漏らしたマール。場所は街道。昼間は平和な景色を拝める場所だった。
「元凶がまだ近くにいるかも知れませんねぇ…。」
調子を崩さぬタンプクの、右手は何時でも術を撃てる。
「何だか嫌な匂いがする〜…ん?でもこの匂い…なんだろ?何か焦げたような…。」
その名に恥じぬとは言わないまでも、フォックスが鼻を利かせる。

「はは…この状況下でそれだけ解るのは凄いことですよ。」
さっそく生存者を捜し始めるソウジ。もっとも、人数自体少なく、状況は一目で把握できた。
「…酷いわね…これでは…。」
クリームヒルトの一言は、皆の期待を裏切った。しかし次に現れる光景は、その予想を覆す。
「誰…?」
嫌な匂いの一際強い方向。そこから感じた人の気配、彼等は警戒する…しかし…。

そこから一人の少年が這いだしてきた。フードを被ってはいたものの、
這いずるうちにそれが取れ、その下の衣服は酷い有様だった。
「助…けて…。」
誰もが驚愕する中で、クリームヒルトだけが、冷静な判断力を保っていた。
「タンプク、手当を。それと、何か着替えを。マールとフォックスは周囲をお願い。」
「かしこまりました。」
「御意。」
「了解。」

「…どう…タンプク?」
「何とも言えませんねぇ〜ただこのまま死なせてしまうと我々の手で殺し直さないといけませんから。」
最善を尽くしますよ。そう言って首筋の二つの傷に手を当てたタンプクの顔には、既に汗が流れていた。
「服…これで良いですか?」
ソウジが出した着替えの一番上に………。
「………下着の方はタンプクが分けてあげなさい。」
さすがにふんどしはかわいそうだろう……。
「すいませんヒルト様。今手が放せないんでマールに頼んで下さい。」
ヒルト。それは彼女の愛称。先帝の頃から彼女を知るタンプクは、決して陛下と呼びはしない。
ずっと昔からそうだった。皇帝を継承前から知る者は、ただの一人も陛下と呼びはしなかった。
それは、記憶と使命と帝位を継いだ彼等の支えとなった。
継承以前の友人達は帝を支えるべく陛下と呼ぶことを禁じられさえした。
不安の重い皇帝に、あなたはあなたと、他の何者でもないことを教えるために。

「陛下!」
「ヒルト〜!」
マールは継承前から知っている。しかしなんとも付き合いがない。
フォックスは先帝とアマゾネスとの和解の功労者。継承前からこの調子。実はこれでも24。
「どうしたの?」
「これこれ、きっとこいつの仕業だよ。」
フォックスが見つけたのは黒こげになった女の死体。朝日の光に照らされて
沸き上がる奇妙な異臭と牙と異常なまでの崩れ具合が人でないことを教えてくれる。

「さっきの光…コイツが燃えた光かな?」
「この威力…ただの炎ではないな…。」
「炎じゃないわね…あの光…多分稲妻だと思うわ…。」
「召雷?一体誰が?」
「考えにくい話なのだけど…。」
クリームヒルトが目を向けた、その先では…。

「タンプク、手の火傷は良いのか?」
「治してあげたいのですが首筋の方が重傷ですからね〜。出血多いし…ここで手を抜いたら失血死ですよ。
 今見捨てると日の光で死んじゃいますし。ソウジも回復術は出来たでしょ?」
「解っ…う…ゴホッゴホッ…うげ…。」
少年の手を握ったままソウジはうずくまった。いつもの吐血。これ以上、少年を血に染めたくは無い。
「…血…か…。」
「吐血した血は輸血には使えませんよ〜。」
「…やっぱり?」
「漫才する暇があったらさっさと治せっ!!」
ヒルトに蹴りを入れられて、ソウジはやっと回復開始。色白吐血な病弱男。気を使われないのはかえって楽だ。

反対側の手の回復を始めるヒルト。その手を少年が握り返した。驚いたことに、この状態でも意識があった。
「大丈夫…絶対助けてあげるからね。」
「…う…ん…。」
それからの彼の回復は早かった。動けるほどではないものの、思った以上に早く危機は脱したのだ。
少年を皇帝自ら背中に背負い、アバロンへの家路を急ぐ。
ホントはゆっくり行きたいが、事態が事態。しょうがない。

「だーかーらー。あの子の他に誰がいるって言うのよ!?」
「あんな幼い少年に合成術が撃てると思うか!?」
背負う皇帝様子見二人。その前方でシーフと精鋭口合戦。お題は召雷誰が撃ったか?
「じゃああの手の火傷はなんなのよ!?」
「抵抗している途中で燃えれば手にも火傷を負うだろうが。」
結局口論決着着かず。そのまま彼等は凱旋した…。