その人の思い出は、二十年前の、ある娼館から始まった。
「皇帝陛下のお膝元で、非合法なことやるとはいい度胸だな。」
いや…だからこそか…。
奥の部屋に犇めく年頃の少女達の中で、唯一人少年は非常に目を引いた。
「あの…クソガキ…。」
肩で息をするクラックス。それを気遣うベネディクト。僕に…それは出来ない。
僕が知ってはいけない秘密を、知るような素振りに…繋がることをしちゃいけないから…。
もはや追跡できる体力も残っていないことが解ると、リオルが手を差し伸べる。
「…クラックス…体…平気?」
体。その一言に過剰な反応を見せ、リオルの手は無下に払われた。
その瞳には、強い拒絶の光が宿っているように見えた…。
クールに見せるためにしては、あまりにも感情的な、しかし、静かな怒りの声。
「…こないだも、言ったはずだ。気に…するなと。」
…リオルが知っているのは、彼が、血を吐くような病に冒されていると言うことだけだろう。
多分、何故こんなにも怒ったような声で睨み付けるのか…解らないだろう。
「……娼館には不似合いだな、お前。」
少年は答えない。突然扉を蹴破って現れた男を見て、震えていた。
「…お前ね…俺が客に見えるか?それにそういう趣味はねぇっての。」
少女達を解放し、それでもまだ怯えていた少年は、
皇帝のおどけたような声を聞いて、やっと、多少は安堵した。
「……サジタリウス…。」
「ん?」
声が…物凄く怒っている…。
「いつまで私の横にいるつもりだ?」
しかも…僕はせき込む老人にでもするように背中をさすっていた…無意識に…。
これはやばい。
「召雷っ!!」
……城内で平然と術ぶっ放さないでくだい…つか…死ぬかと思いました…。
…はっきり言って、意識保てませんでした。
「…お前、宮廷魔術師になるつもりはないか?」
「…え?」
「他に行く宛があるか?」
彼は、それから、死にものぐるいだった。差し伸べられた手。
それに、必死で答えようとしていた。
僕が目覚めた横にいたのはサファイアさんでした。
「……大丈夫?」
「ええ…何とか…。」
「クラックス。いくら何でもやり過ぎよ。召雷打ち込むなんて…。」
「人をあからさまに年寄り扱いするからだ。」
…確かに、年寄りというより子供…だよね。31だっけ?
「……サファイアこそ…何故まだこの部屋にいる?研究会ではなかったのか?」
「え、うん。ちょっと…ね。」
なんだろう…顔赤くして…出ていっちゃった…。
で…クラックスと二人きり…。
ベッドの横には洗面器がきれいに洗っておいてある…ここは…クラックスの私室?
「…何でまたサファイアがこの部屋にいるの?」
陛下だって入れたこと無いじゃないか…。
「彼女には…何かと世話になっているからな。」
「お願いです!ヒルトだけはやめてください!あのことを知られたら…私は…私は…っ!」
二人きりの謁見の間の前で、平然と後継者の名を出した皇帝。
それを知るや否や…彼にすがるように懇願する青年…。
「…お前…好きなんだろ?だったら考えて見ろよ。お前が好きになった女が、
お前の秘密の一つや二つ知ったぐらいで、態度豹変させると思うか?
そのくらい、俺だって考えているさ。」
「!?…だ…駄目です…そんな…僕個人の為に…。」
「あいつは、そんなことで人を判断しない。だからこそ後を任せられる。そうだろ?」
陛下も…そのことまで考えて…僕を選んでいた。
確かに、似たような経験はあるよ…でも、その秘密を果たして共有出来るのだろうか…。
皇帝の意志は変わらない。
その日を境に彼は…僕の知るクラックスになった。
確かに、陛下は気にも留めなかった。過去に何があっても、本質までは変わらないと。
「……ところでな、サジタリウス…。」
「え…な…何?」
「露骨に気に留めなさすぎる。あれだとただの冷めたガキだぞ。」
「う゛…。」
……やっぱ…リオルぐらいでいいのか?でもそれだとあんた怒るじゃん。
「多分…あそこにいた間に…。」
「そう…ですか。薄々…気付いてはいました。」
「…やっぱり…お前も知ってるんだよな…。」
想いを伝えることは出来ても、結ばれることは叶わない。
だからせめて、自分の持てる力を尽くしたい…彼は、少なくともそう思っていた。
そう思っていた二人は…自分の手の届かない場所で逝ってしまった…。
そして…時間の共有さえ…叶わないと宣告されたのだ…。
「……知ってる…嫌でも…知ってしまう…。」
「ソウジも…知っているんだろうな…。」
「…うん。」
多分…その次は…リオル…なんだろう…この調子だと。
「私は…死ぬのかな?」
「だからなんだ?人間、いつかは死ぬ。それまで、歯ぁ食いしばってみろ!」
強い…人だった。何かあったら、背中を叩いてくれる力強い手。
その時に、力を分けられている…そんな気にさせてくれる。
「…それまで…生きて無いさ…。」
今の彼に…力を分け与える存在が…いるのだろうか…?
ソウジとは…ライバル…のようなものではあるけど…そういう存在じゃない…。
「そんなこと無いよ!だって…。」
「…発症から…十年以上だからか?…もう…次は耐えられないさ…。
待たなくては…そう思ったからこそ、何事も無かったように振る舞えた…だが…。」
「でも…。」
「おそらく…感染経路は……。」
「はぁぁ…恋する男にはきつすぎる現実だな…。」
「陛下っ!」
「…解ってる…でもよ…なんか、いたたまれなくってな…こうでも言わないと…落ち着けねぇ…。」
「それに…いらん道連れも作ってしまった…。」
「…まさか…サファイアさんじゃないよね…?」
「ほぉ。お前にも解るか。」
…何となく…部屋にいた理由が解ってしまう…。
「何でまた…。」
「……俺とあいつが取っ組み合いしたらどっちが勝つと思う?」
片や…病に冒されつつある術士…片や…剣士に引けを取らない剣の使い手…。
「……押し倒されたんだね…。」
「…やっぱ…情けないか?」
いや…そこまで言いませんけど…。
「……サファイアさん…知ってるの…?」
「…ああ、全部知っている…発症したときから。あいつが死んだら…俺も逝くつもりだ。」
さっき…ベネディクトが言っていた…元気になったって…でも…それは…嘘なの…?
「そんな…でも、そんなすぐじゃ…。」
「すぐ…だよ。あの頃もそうだった。俺の相手をした連中が…ばたばた死んでいく。
他にうつる暇も無いほどの早さでな…サファイアが、何でまだ無事なのか不思議なくらいだ。」
諦めの入った…乾いた笑い声が部屋に響いた…悲しい…声だった。
「でも…まだ死んだら悲しむ人がいるよ…。」
「ベネディクトか?あいつの夢は、俺と同じ物で、後を任せられる。そう思っている。」
「…僕は…?」
「何だ?お前も泣いてくれるか?」
多分…この人は、一度言った事を変えないだろう…。
「やっぱり…悲しいよ…。」
「そう…か…。」
何…虚ろな目してこっち見て…肩つかんで…え…ちょ…あ、倒れ込んだ。
「…わ…悪い…発作…サジ…ちょ…水と…薬…。」
「あ…うん。」
薬と水…いつでも飲めるよう準備してあった。
ひょっとして、都合の悪いタイミングで目が覚めちゃったのかな…。
「…発作であらぬ噂が現実になるとこだったよ。」
「だよな…もう、病原体に良いように利用されている気がしてならんよ…もう、帰れ。頼む。」
「解ったよ…。」
だけど…明日目が覚めて…自殺してた…なんて嫌だよ…。
「一つだけ…約束して。自殺なんて…絶対にしないで。」
「確約はできんな。」
「そんなこと言わないでよ…。」
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