その時、僕はソウジが酷く緊張していたのを知っている。
そりゃあそうだろう。900年間歴代皇帝が黙ってきた秘密だったんだから。「この1000年…建国祭が一度とて途絶えたことはありませんでした。
時間が経って、もう喪は明けたとか、色々言ってましたけどね…
イヤだったんですよ。自分が死んだせいで暗くなってしまうの」
…秘密は、どんどん明かされていくのかもしれない…
最初は、記憶や技術が伝わる事さえ誰も知らなかったんだから…。
「だから、今宵は大いに騒ぎましょう。彼女に、心配をさせたくありませんから」
祭りは、その言葉から始まった。酒を飲んで騒ぐ者、
思い出を語り合う者、無邪気に祭りを楽しむ者…様々だった…。
しかし…それも出来ずに、人気のない湖畔に佇む男二人がいた…。
膝を抱えて湖畔を眺める男の顔は、もう32という齢を忘れさせるほどに若く、
そして寂しげだった。さながら…迷子の子供のように…
「……クラックス」
「タウラスがそんな深刻な顔をするのは随分久しぶりだな」
声は…やはり32の齢とかけ離れた冷たく、しかし若い声。
タウラスは知っている。クラックスに残された時間が自分よりずっと少ないことを。
だが、普段の彼、今の彼は、出会った日の幼さこそ無くなったが、齢の割に若い。
振る舞いや装い一つで自分の年齢の半分の姿を演じることさえ出来る。
この男は十代の若さを保っていた。それが短命であることの代償であるなら何という皮肉か、
若さとはそのまま未来があることを示す。
しかし、この青年はその姿のまま終焉を迎えることになるのか、待つしかないのか…。
「コムルーン海峡の開拓、あなたも参加すると聞きましたが?」
「ああ…戦える体のうちに、また戦場に出ようと思ってな」
「……そうですか」
タウラスは心中で毒づいた……十分強いくせに…。
戦えるも何も、この男には腕力の非力を補える身のこなしと魔力を自分のものにしている。
かつては皇帝と共に世界を歩き、敗走したとはいえ七英雄と一度は戦った自分も、
もう年頃の子供がいてもおかしくない年齢になり、老いを感じ始めていると言うのにだ…。
術をたしなむ者の外見年齢は総じて若い。
研究所にいるフリーメイジ達は皆80を過ぎているが戦場に立つことは十分に出来るほど。
寿命も自然長くなる。100まで生きる者も珍しくないのが術士の世界。
なのに、この青年は、おそらく後二十年もつまい…良くて十数年…。
「……どうした?」
「いえ…別に…気をつけるんですよ」
「サジタリウスに同じ事言われた。自殺だけはするなって」
「…誰だって言うだろうね。もちろん、私も」
「そうだな…今死んだら暗い葬儀で送られるハメになるからな」
「じゃあ、お祭り行きますか?」
「……悪いが、そう言う気分にはなれないな」
「でしょうね…って、サジタリウスもそうみたいですね」
と、言うわけで、その頃のサジタリウスがどうなっているのかと言うと……
「サ〜ジ〜タ〜リ〜ウ〜ス〜ぅ……」
兄タンプクに絡まれる弟コウメイの図にただただ唖然としていた…。
「助けてぇぇ〜」
「うっわぁ……」
本当は、祭りの喧噪に馴染めずちょっと離れようと思っただけだったんだけど…。
遠巻きにそれを眺めるリオルとヴェネディクト。心なしかリオルはやや後退気味。
「うっわ。タンプクさん酔うとああなるんだ…」
「とりあえず…逃げる」
「やっぱ…絡まれるのは危険か…?」
「かなり……」
「おい!若人二人!一緒に騒がんかーい!」
「…………!?」
「やっべ!逃げるぞリオル!!」
で、呆然とする少年二人を残してタンプク大暴走。
「……コウメイ…顔色悪いよ。飲まされた?」
「サジタリウスぅ…俺あんな兄貴やだよぉ…」
「よしよし」
……普段はいい人なんだけどねぇ…って、次は君が僕に絡むんですかい。
僕もソウジと一緒にいればよかったかな?
テラスでのんきに手なんか振っちゃって…それも僕に。
「ああ。やっぱタンプク大荒れしてる…」
多少の冷や汗をかきながら、新皇帝はその光景を護衛二人と一緒に見ていた。
「そりゃまぁ、私だってご一緒したかったさ…
……暫く、これを渡すのは自粛せざるを得なくなった…」
「……ごめん…マール…」
「いえ…陛下のせいじゃありませんよ…」
…陛下…か。
継承以前から、皇帝と親しかった者は決して使わない…使ってはいけない呼び名。
腰にぶら下がっている袋に入っている物を知っているだけに、申し訳無い気持ちもあった。
マールが、それを渡したがっていた相手はというと…。
「あー!もうなんっであんな早死にしちゃうのよぉー!」
酔っていた。
「フォックス…そろそろやめといた方が良いと思うよー」
「エア〜…あたしさぁ…見て欲しかったんだよぉ…」
「はいはい…」
「ヒルトが皇帝のうちに、花嫁さんなりたかったんだよぉ〜……」
「よしよし…」
二人が心から慕っていた人のために、結ばれることを先延ばしにした男女がいた…。
ある物はひっそりと悲しみ、あるものは悲しみを吹きとばさんと騒いでいた。
そんななか…一人…悲しむわけでも騒ぐわけでも無く…裏通りを…城へ向かう男がいた。
フードに隠されて顔は見えない。男の手には…ギラリと光る一本の剣があった。
それを呼び止めたのはあどけない、しかし妙に冷めた少年の声だった。
「……今は皆に慕われた人に捧げる追悼の祭り…今だけは、ご配慮頂きたい」
気配は隠しているはずだった。否、あの祭りの喧噪の中であれば隠す必要すらなかった。
なのに、声をかけられた。
それに驚いた男が振り向くと、年の頃13か4。
髪はこの夜空に似た色をして、術者の、紫色の法衣を身に纏った少年がいた。
物怖じしないその態度は、おそらく自分の正体を知っているのだろう。
「…多くの者に慕われた者の追悼と、たった一人の肉親への追悼に何の差がある?」
「ありません。しかし、今悲劇を忘れようとしている人々に今悲劇を見せないで頂きたい。
あなたとそんな形で相まみえたくはありません」
…あなたとは、剣士として正式に勝負を申し込みたいわね…
少年は…この男と直接会うのは初めてだが、その人柄を知っていた。
自分たちが戦わねばならぬ宿命の者達。
しかし…この男は彼らの中でも理解ある者と思っていた。
「……どうしても…と言ったら?」
「それなら、あなたの目的の人物はもうここに。
もっとも…復讐の範疇が…どれほどまでかは存知ませんが」
少年の言葉に、男は眉をひそめた。
「……お前が妹を…ロックブーケを殺したと言うのか?」
「そうです…ノエル…」
ノエルと呼ばれた男は、少年の喉元に剣を向けた。少年は微動だにしない。
ただ男の目を見て、こう…続けた。
「今まさに追悼されている人…彼女は…僕にとって大きな存在だった…。
そして、あなたの妹が彼女から奪った存在もまた、かけがえの無い人だった」
「……だから…か?」
剣を喉元に突きつけたまま、男は少年に問う。
「ええ…今のあなたと同じですよ」
少年は皮肉めいた口調で七英雄の一人に返す。
「でも…その後僕に悲しみの涙を流させたのは…あなたの妹でした…」
男の剣が、揺れた。しかし、改めて突きつけ直す。
「何と…言っていた…我々の会話に距離は意味をなさない。
だが、彼女は死に際私に何も告げなかった…」
「帰りたい…最期に、そう言っていました…」
「そう…か」
「聞いても…いいですか?」
「…何だ?」
記憶の中にある、温厚さは今のノエルには無かった。求める方が無理があるのだろう。
「あの塔の守護者から…色々聞きました。あなた方が古代の民であること、
あなた方が世界から姿を消した原因も…でもそれは人によって……」
「………もういい」
少年の喉元に…もう剣はなかった。
「おそらく…お前の予測は間違っていないだろう」
「なら…ダンターグが言っていた復讐の相手は…古代の民で間違いは無いのですね」
「なるほど…お前も皇帝か」
「ほんの数秒の間だけでしたが…それより、何故ですか?
古代の民は既にこの世界から消えた。なのに何故今この世界に住む人を……」
責め立てる少年の口調に、ノエルは顔をしかめた。少年は、そこで言葉を変えた。
「…そうですね。あなたにこんな問いは場違いですね。あの時も、
今でさえ人々を気遣ってくれているあなたには…。
この推論を…守護者の水龍から話を聞いたときから思っていました…
最初に出会ったのがあなたなら、この千年の歴史は、
また随分と違うものになっていたのだろうなと…」
「……お前の言い分はよく解った。ここは退散しておこう…しかし…もう止められない」
「ええ…解っています。クジンシーが第二皇子ヴィクトールを手に掛けた時点で、
決まっていたのでしょう」
「心苦しいな」
「…帝国そのものが憎いならご心配なく。あなた方とのこの戦い…
勝敗に関わらず終結すれば、滅亡か、緩やかな分裂か…どのみち消えるでしょう」
悲哀を秘めた声に唐突に混じった皮肉。
それに苦笑しながら、もっとも人に近い英雄は彼の横をすり抜けて行った。
それを見送ろうと、振り向いた少年の目に、思わぬ人物が飛び込んできた。
砂漠の砂にも似た薄い黄土の髪。遠目にも解る漆黒の瞳の青年。
その青年は、一度ノエルを睨み据えるとすぐ少年の方に歩いてきた。
「リオル…?」
「…どうしたの?」
「へ?」
一体自分たちの会話を聞いていたのかいないのか、
聞いていたならどこから聞いていたんだか。
と、そんな気まずい空気を…小高い丘から見下ろす二人の男。
一人が、もう一人の腕をつかんでいた。そのもう一人の捕まれた腕の先に、
空気の刃がいまかいまかと放たれるのを待ち…放たれることなく消えた…。
「な、大丈夫だったろう」
「ええ…でも…心臓に悪いね」
「じゃあ…戻るか」
「そんな気分では無かったのでは?」
「バカ言え、飲み直して寝るだけだ」
「そうですか」
去っていくクラックスを眺めながら…タウラスは思った。
もう誰を見送ることも、置いて行かれることも、御免被りたいと…。
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