それは、追悼祭から2ヶ月ほど経ったある日の事。
「クラックス…行ってらっしゃい」
「ああ」
クラックスが、コムルーン海峡の開拓の船に乗船した。
その腕に、キラリと光る腕輪があった。追悼祭から2週間ほど後のこと……サファイアさんが亡くなった。
「どうして?こないだまであんなに……」
涙する友人。
「苦しまなかった……みたいですね……」
冥福を祈る肉親。
「なんで……またなの……?」
続く悲劇に狼狽する参列者。
彼らは、彼女の死因を知らない。そして……。
「クラックス、何処に行くんの?」
それを知っているのは、僕とクラックスを含めたほんの一握り。
彼が足を向けていたのは、通夜に沈む家。
「病の事、ご両親にうち明けるの?」
「……何も解らないままでは嫌だろう?……誰も彼女の死に納得できていないようだったからな」
多分、その道連れを彼女が自ら選んだなんて事は、彼は言わないだろう。
「ダメだよ」
「何故止める?」
それを言わないと言うことは、全ての責を彼が背負うと言うことだ。
「クラックスが自分の欲のために人を殺したような言われ方をされたくない」
「……お前には関係ないだろう?」
「あるよ。僕は貴方がそんな人じゃないことを知っているのに。
それに、ヴェネディクトだって貴方を慕ってる。それなのに、嫌だよ。やっぱり」
「アイツは強い子だ。そんな心配無用だろう?」
「それこそ勝手な言い分だ」
どんなに強いっていったってやっぱり辛い。陛下も気付いてくれなかったけどさ。
知人が苦しんだらやっぱり嫌だ。まして、今クラックスが望んでいることは。
「いつまで悲劇の主人公いる気?自虐して、貴方は自分に酔ってるだけだ!」
「じゃあどうしろって言うんだ!?」
嫌な予感がして下手に受け身を取ろうとして地面に叩き付けられた。
「俺はアイツに何をしてやれる!?俺なんかを好きになってくれた人に……
受け止めることも出来ない、答えることも出来ない、そして結果がこれだ!!」
それだけ叫んで、彼は何も言わなくなった。
サファイアさんの死に、一番動揺しているのは間違いなく彼だった。
「なぁ……サジタリウス……俺にどうしろって言うんだよ……
守ることも出来なかった……償うことも許されない……俺にどうしろって言うんだよ……」
泣いてた。涙は流していない。でも、声だけならそう判断させるのに十分だった。
「……だから……自虐的にならないでよ。クラックスはそんなにどうしようもない人間じゃないよ。
だからサファイアさんは好きになったんだ。陛下だって……」
言いかけて僕は言葉を止めた。
「ずるいな……そこでそう言われたら……」
暫く沈黙が続いて、その後ぽつりとクラックスが語りだした。
「告白されたとき、嬉しくなかったと言えば嘘になった。
こんな自分を、そう思ってくれる人がいる。それだけで満足だった……」
「……だったらさ……胸張っていいじゃない?ね?」
「じゃあ、やっぱり言いに行くよ」
「え……?」
「安心しろ。一つ誓ってやる。何言われても、簡単にはへこまない」
そう言って立ち上がって今度はもう止めようがなかった……。
で……その結果はと言うと……。
「あの会話が筒抜けだったお陰で助かった」
そう言って、クラックスが笑った。やっぱり言われたんだそうだ。
自分を慕う者達の事を思うなら生きろと。
それからだろうか、彼は少し、明るくなった。
「サジタリウス」
「ん?」
「ちょっと手合わせいいか?」
だから、こんな事も多くなった。そして……。
「まだまだだな」
「ちょっとは手加減してくれませんか……?」
ぼこぼこに打ち負かされる事も多くなった……。
まぁ、僕の方もやられっぱなしでは終わらないわけで……。
「わざわざ手合わせでサイクロンスクィーズを使うかお前は……」
「……攻撃全部弾いたら術使うしか無いじゃん……」
クラックス……動きが異様に軽い。本当に、ソウジ以上の重病人なのかと思えるほどに……。
「ん?ああ、悪かったな。それは多分コイツのせいだ」
そう言ってクラックスが見せたのは……一見何の変哲も無い腕輪。
「ヒルトの前の陛下に貰ったものだ」
……記憶を辿る。ああ、確かにあった。元々体が強い方じゃなかったからって、お守り代わりに。
ワンダーバンクルっていったんだっけか……。
「そうだな。お前が皇帝についていく事があったらくれてやるさ」
そんな会話だった。彼との、最期の会話……。
きらりきらりと剣が舞う。アバロン城内広い庭。
砂漠の髪と野原の髪が、二人の剣士が剣舞を舞う。
「クラックス。何か最近元気だよなー」
「体調、良いみたいだ」
その日は日差し心地よい穏やかな日だった。
「コムルーン海峡だっけ?最初あそこの開拓に志願したって聞いたときは正直驚いたけど……
あの様子なら無事に帰ってくるんだろうな〜」
リオルとベネディクト。この二人は不思議なほどに馬が合っていた。
「お〜い。ベネ〜」
その二人の片方を呼ぶ暢気な声が……。
「やべっ、トモエ!」
「……どうしたの?」
「……また稽古に付き合わされるぞ?」
この二人、結構長時間稽古して今休みに入ろうとしていた所。
「??」
「……お前……タフだよな……」
結局、その後リオルもトモエと手合わせをして……。
「疲れたぁ〜……」
見事に打ち勝っていたりする。
「……お前は体力のバケモノか……」
そうかと思えば草原に顔を埋めるリオル。
「ホント顔に出ないよねー。誰にも気付かれずに過労とかしなけりゃいいけど」
「Zzzzzz……」
「寝てるよ……コイツは……」
その頃……。
「……タウラス」
「え、あ、何でしょう?」
「いくら今日帰ってくるからって落ち着き無さ過ぎ」
今日、コムルーン海峡開拓団がアバロンに帰還する日……。
「ソウジ……何だかんだでタウラスがかなーりはしゃいでるよね……」
「まぁ、元気になってからの仕事第一弾な……ごふっ」
ソウジ……あんたもちっとは元気になった方が……あ、大臣一人倒れた。
……帰還したティルピッツの顔に笑みはなかった。
そして、居なければならないはずの一人の姿が無かった。
最初に誰もが戸惑い、最初に声を発したのは今最も皇帝に近い少年であった。
「……ティルピッツ……クラックスは……?」
「申し訳ありません……」
その一言が、全てを物語っていた。
元々この開拓はどちらかというと常に巻き起こっている嵐の原因追及の意味が大きかった。
難所を難所としている嵐の原因。その為に、クラックスを含む数名の術士が乗っていた。
彼はその元凶を見つけた。そして、それを止めるために、自ら嵐の海へ飛び込んだ。
嵐が止んでからも、船はギリギリまでその洋上にあったが、
結局遺体、遺品、原因。そのどれもが見つかることは無かった……。
「……そうですか……ご苦労様です」
サジタリウスは言葉を繋げなかった。皇帝となって日が浅いソウジもまた、動揺を隠せなかった。
その中で、唯一人、側近として、最も冷静な言葉をタウラスが発した。
こう言う時こそ冷静に。それを体現してのけた。
目の前で頭を下げ続ける男に、さらなる重圧をかけないために……。
そして皇帝一行は今、彼が命を賭して嵐を沈めた海域にいる。
……多分お前より先に逝くだろうな……
「こんな形で本当になってしまうなんて思いもしませんでしたよ……」
同じ短命の運命を背負い、同じ人を愛した男の言葉の実現に、皇帝は未だ心に影を落とす。
……お前は強い子だから……
「覚悟はしてた……あの人が常日頃から……だけど……」
彼に師事した剣士は、その散り際を思い、涙すら流せずに海を見ていた。
「……言ってくれ……」
今甲板にいたのは、タウラスにとって、ごく親しい者達ばかりだった。
タウラスに遺された言葉はなかった。その理由の憶測が、真実であることを彼は祈ってやまなかった。
「死にに行ったんじゃないと行ってくれっ!!」
タウラスは泣いた。かつて愛した人が命を落としたことを知った時以上に。
……そうだな。お前が皇帝についていく事があったらくれてやるさ……
「嘘吐き……」
彼に生きる決意をさせた少年は知っていた。
少年の手元に腕輪が無いことが、クラックスの手にまだあることが、彼の生きる意志の証であった……。
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