ある船長の航海
The hope that flow reaches.

一人の命を飲み込んだ海はこれでもかと言うほどに穏やかだった。
いや、だからこそ穏やかだったのかも知れない。
武装商船団のティルピッツは、そんなことを考えながら、
波間に消えた男を悼むタウラスを見ていた。

おいっ!クラックス!!下がれ!!
いや……見つけた!!

自分の手を振りほどいて海に身を投げたクラックス。
タウラスは自分を責めなかった。逆に辛い。
船長である以上船員全ての命を預かると自負していたから尚更。

「……ティルピッツ……?」
「ん?おお、リオルか」
物思いに耽っていて気付かなかった。
思えばこの少年、一昨年の今頃は自分の船の甲板掃除をしていたんだっけか。
「アバロンには馴染んだみたいだな……って、お前そう言う順応だけは早いな」
「?」
本人に意識はないようだ。末恐ろしいと言うか将来有望と言うか……。

「あ、ベネディクトの様子どうだ?」
そう聞かれてリオルは肩をすくめる。どうやら良くはないらしい。
クラックスを師と仰ぎ、その死を一番悲しむ青年は……哀れかな重度の船酔いに倒れていた。
どうやら泣くだけ泣いた時に我慢の限度に達したようで、軽く脱水症状までおこしていたりする。
窓から船室を覗くとトモエにからかわれて顔に青筋を立てている姿が見える。

「ま、しゃーねぇわなこればっかりは」
と、そんな二人の横をすり抜ける蒼い影。
「エア……幾ら何でも四六時中飛んでたら疲れんか?」
「だって〜……揺れると気持ち悪く……」
どうやらイーリスも船酔いするらしい。

のんびりとした船旅と言うこともあり、エアの飛翔速度なら船に置いていかれる事はないらしい。
タウラスとサジタリウスの横に付いてやはり海を見ていた。
「エア……今はそっとしといてあげよ」
「うん」
二人がリオルとティルピッツの元へ足を向けようとしたときだった……。

「船長〜正面になんか灰色っぽいのが見えますぜ〜」
「ん?魔物か?」
つい最近まで魔物が嵐を起こしていた海だ。残党が居ても不思議ではない。
乗客を船内に……いや、乗客の殆どが戦える人間だから避難のためにならすものでもないか。
「いえ、ピクリとも動いてなんすよ。たまーに何かが反射で光る程度でしょうか」
「ふーん……何か……ねぇ」

船が近づくと元は魔物だったらしいそれは今は見る影もなくずたぼろで、
とても生きているとは思えないものだった。
「ったく……海の上に骸晒してんじゃねぇよ……
 気がめいっち……ん?どしたリオ……おいっ!」
リオルが促した先には……舳先から海に落ちんばかりに身を乗り出したタウラスが!

「わーっ!何やってんだこらーっ!!早まるなーっ!!!」
「うわわっ」
船長としては見過ごすわけにもいかず無理に引っ張り戻してみる。
「たっく……一体どうしたんだよ……っておい!!」
次はサジタリウスが身を乗り出して……またも引きずり込むティルピッツ。
「おいおい……って次はてめーかーっ!!」
お次はリオル。ここは人を引き込む魔性の海域か?

で、リオルも甲板の方まで引きずろうとしたが……そこは重い大剣を軽々扱うリオル。
なかなか引き剥がすことが出来ません。
「ったく一体何が……んん?」
ティルピッツの視界にも彼等が見つけたものと同じものが入ってきた。
魔物の触手にからみつく銀の腕輪。それは、間違いなくクラックスがはめていた……。

「んっおっ!?落ち…っ!!」
「わーっ!ティルピッツ〜っ!!
で、ここで船長が落ちそうになるんだから世話無いですね。
「……リオル……助けないの?」
「……落ちても大丈夫」
面倒見てやった少年にあっさり見放される船長。

「ティルピッツ……船止められるか?」
「……タウラス……まさか……?」
よく見ると、タウラスの目に、明らかな焦りの色が。

「泳いで拾うっ!!」
「だから待てってばーっ!!」
上着はすでに脱ぎ捨て飛び込もうとするタウラス。必死で押さえるティルピッツ。
「……落ち着けおっさん共……」
それを冷ややかな目で見つめる少年術士。
「ベネディクト見てくる」
そしてさっさと見切りを付けてしまう少年剣士。薄情な。

そんなリオルと入れ違いに、サジタリウスの横に立つ人影があった……。
「良ければ私が取って来ましょうか?」
その人物……日除けのフードを被って居たため顔は見えなかったが、
声からさっするに少女は大人げないとっくみあいをしている中年二人に問いかけた。
だが、その答えを聞くまでも無いと言わんばかりにフードを投げ捨て彼女は海へ。
その一瞬の間に、癖のある紫の髪と薄空色の海女の衣装が確認できた。

『あ、おいっ!!』
大人二人が同時に叫んだのも束の間、
彼女は魔物の亡骸に到着するとすぐに腕輪を拾って戻ってきた。
到着したときに盛大に泡が吹き上がったのを見るに余程酷い状態だったようだ。

「……エア、迎えに行ってあげて」
「はーい」
水に濡れて重くなっているはずの少女を軽々と引き上げ二人は甲板に。
よく見ると少女の目が涙ぐんでいる。余程怖いものでも見たのだろう。

「大丈夫……ですか?」
「ふ……ふぇっ……だって……だってぇ……」
「あー、言わなくて良い……言わなくて良いから」
海女の少女をなだめるティルピッツ。彼女が見たものの予想がついたし、
それをタウラスに聞かせたら卒倒してしまいかねなくて怖かったからだ。
「とりあえず海水落としてきなよ。な?」
「いや、ここでもできるぞ?」
「へ?」

そう言うが早いか彼女の周りを水流が通り抜けると彼女にへばりついていた海水は洗い流され、
すこし湿った程度の水気だけが残った。
「ほぉー……さすが水術の権威ってだけはあるねぇ」
「まあ、このぐらいはして差し上げないと」
それだけこの腕輪は大切な物なのだから……。

そして、同じ方法で腕輪を洗うと、タウラスはそれをサジタリウスに渡した。
「……え?」
「彼が、君が皇帝と共に出るときに譲ると言っていました」
「ああ……」
同じセリフを、サジタリウスは最期にクラックスから聞いていた。

マルザワーン皇帝が旅先で見つけ、その時はタウラスに、次はクリームヒルトに。
そして今……自分の手元に巡って来た。

「この腕輪は、三代に渡って皇帝と共にいた宮廷魔術師達を見ていたわけだ」
その腕輪の力が、はめてみて解る。
手首で固定するようになってはいるが、直接は触れない。
少しサイズが大きかったからそれが余計に解った。
「なるほど……何者も直接触れないか。その力で全てを弾きかえすわけだ」

そして、通り過ぎていく魔物の亡骸に小さく、言葉を放った。
「約束通り、この腕輪。受け取らせて貰いました」
その言葉を聞き届けたのか、それとも腕輪が海に拒まれていたせいだったのか……。
その灰色の塊は海の底へと沈んでいった……。

「……僕は……忘れないよ……」
頭の片隅で、歴代皇帝達の記憶が疼く。
大切な人を亡くした人だっていた。失って、始めてかけがえのないものと気付く者もいた。
そして、己の死によって、そんな人達と引き離された皇帝もいた……。

自分はもう記憶を継がせてしまったから、この思いを引き継ぐ人はいないのだろう。
だから忘れない。それだけを胸にしまって……。

「船長!コムルーン島が見えてきました!」
「おーっし。もうちょっとだ〜手ぇ抜くんじゃねぇぞ!!」

さらさらさらさら波の音響く、皇帝一行乗せた船。
ぐらぐらぐらぐら炎の疼く、火山の島へとたどり着く。
渦巻く思いは期待か不安?皇帝の旅は始まった。