目の前にいるのは、百年もの昔、ここコムルーンを火山の驚異から救ったとされる魔術師。
「……彼らを、どこへ?」
「さぁ?」
だが、そこから感じ取れるのは……術を生業とする者にしか解らぬ何か。
「あの子達はどうなる……答えろ……!」
それは、酷く嫌悪感を伴ってタウラスの五感に伝わってきた。
「答えろ?それはこちらの台詞。火山は、どうなりましたか?」
話をする気等毛頭無いとでもいわんばかりの魔導師の態度は、タウラスの頭に血を昇らせるには十分だった。
「あの子達をどうしたと聞いている!!」
「さぁねぇ……この下、ヴリドラの巣になってますからねぇ〜」
真下がそうならまだエアが引き上げてくれる可能性はあった。「おや、どうしました?そんなに怖い目をして」
ただの不法侵入であるならこっちに非があるだろう。だが、どうも違う。
魔導師に跡継ぎが居たなどと言う話は聞いていないし何より開口一番に「火山はどうなったか?」だ。
「……最近揺れが酷い。原因の調査に来た。無人と聞いていたのだがな。100年も眠っていたのか?」
皮肉混じりに問いつめる。本音を言えばさっさと落ちた子達の救出に向かいたいところだ。
「おや。まだなのですか。それでは」
さっさと寝床に戻ろうとする魔術師。タウラスは皮肉を込めて言った。
「……火山の爆発なら、今後も無い」
「はて。それはどいうことですかな?」
「我々が止める」
その言葉に、魔導師はやっとタウラスの方を振り向いた。
「き……霧隠れ万歳……」
そのころ、落とし穴にはまっていたコウメイは術の系統を本気で火から水に変えようかと思っていた。
「まあ……いつ効力切れるか解らないから早く出口を探した方が……」
周りにうようよといる大蛇の群。サジタリウスの背中には大きな一撃を喰らって気を失っているエア。
幸い致命傷には至っていないがここで起こすというわけにもいかなかった。
「なあ……サジ。ここってさ……元なんだったと思う」
真っ暗な部屋。じとじととした雰囲気は今に始まったようには見えなくて……。
「……最初から、こいつらの飼育所……だったんだろうね」
サジタリウスの触れた壁には、今ここでうねっている大蛇の名前が刻み込まれていた。
逆に言えば、ここから出口と思しき場所まで近いことも示してくれていた。
「……これ……掠れて……なんだ……墓?」
「えー。おいおいこんなんの飼育所に墓って……えんぎでもねぇ」
魔術師は、タウラスの言葉をせせら笑うように聞いていた。
「止める……ですって?無理ですよ。あの岩を砕いて出てくるのは百年分の溶岩です」
だが、タウラスには絶対の自信があった。だが……。
「なるほど……全て計画通りだったと言う訳か……何が目的だ?」
目的など知らない。だが、多くの人々の生活を脅かそう等と考える相手に今の術の進歩を語る気にはなれなかった。
「貴方も術を生業とするならご存じでしょう?失われた、6番目の秘術をねぇ?」
「冥術……か。そんな物の為に……!」
タウラスの手に風が集い、それが一つの剣になって魔導師の喉元に突きつけられた。
「おやおや……随分血の気の多い……て、ああそうか。ご子息がこの下ですからねぇ」
ご子息……それが誰かすぐに解ってしまう己にタウラスは僅かに眉をつり上げた。
「……あいにく、私は独り身なんだがな」
「おや?あの術師の坊や、貴方から同じ匂いがしたのですけど、気のせいだったのでしょうか?火山を止めれば……貴方はあの子を取り戻す手段を失いますよ?」
そんな匂いが人の身で解ると言う時点で、それも既に人間では無いのだろう?
「……あの子等は簡単には死なんよ。それに、アンデッドにするぐらいなら安らかに眠らせてやった方がまだいい」
「ククク……無理ですよ。この下はウリドラの巣。ついでに言えばその先は不死者の巣窟です」
「なれば尚更、死ぬことは無いな」
「セイントファイアーっ!!」
「ギャラクシィっ!!」
「太陽風〜っ!!」
退魔の力を持つ炎が、光が、風が、あたりに立ちこめる死臭もろともアンデッド達を浄化する。
漆黒の闇だったその場所に置かれていた幾つかの燭台に退魔の炎が飛び火し篝火に変わった。
「ふぅ……これで当分はあいつら来ないよな……」
「だといいのだけど……」
サジタリウスの足下に転がるヴァンパイアの死体に目がいく。
2年前のあの日、彼女たちに助けられなければ自分の末路もこうだったのかと考えると寒気が走った。
「まだ死体の匂いがする〜やだ〜」
それが今やこんな暢気な会話をしていられるのだから、人生とは不思議なものである。
「とりあえず、出口を探そう。ずっとここにいるのは流石にやばい」
「同感」
「貴方は、死者を呼び戻したいと思ったことは無いのですか?」
「……それが、目的か」
呼び戻したい人はいる。呼び戻して、謝るだけ謝り倒したい相手ならいる。
また一緒に生きていきたい相手ならいる。
「素晴らしいと思いませんか?また一緒に生きていけるのですよ?」
その内心は、どんなに隠しても、隠しきれないものがあった。
一瞬でも、それがかなうならと、考えた自分に嫌気がさした。
「できるんですよ……それこそ、本当に……」
「……よせ……」
振り絞った拒絶の言葉が、魔導師にはどう聞こえたのだろうか?
「ね?どうです?」
「止せっ!!」
取り戻したい日常がある。だが、その為に人の日常を奪うなどできるはずもない。
もうそんな誘いに心を動かされようとは思っていない。
振るった剣は、魔導師のローブを僅かに裂いた。
「そうですか……なら、死んでいただきますか」
「やはりそう……」
言葉は最後まで綴れなかった。途中で魔導師の起こした熱風に煽られ壁に叩き付けられたから。
「……っ!」
その頃、地下で出口を探す面々は……。
「……サジ……どうした?」
「今……揺れなかった……?」
「地震か?お前もトモエ見たく怖いんじゃないだろうな?」
「私は飛んでるからわかんないなぁ」
「いや……なんか、もっと違う揺れ……」
気のせいか。そう思い直し、先ほど点けた篝火の方に目を向ける。
その炎の揺らぎになんら不審な点は無い。やはり気のせいだったのだろうか……?
「うっ……くぅ……」
「ははは。他愛もないですねぇ〜先手を取られただけでこれですかぁ?」
迂闊だと思った。相手が既に人を捨てているなら、尋常ならざる詠唱速度も十分ありえるだろうと思った。
回復術ならばこの速度に追いつける。それだけがタウラスを生かしていた。
「ふーむ……この術のダメージより回復料が勝る……大した使い手ですね」
「簡単に死んだら……何と言われるか解ったものではないのでな……」
だが、術力が尽きてしまえば、そこでどうなるか……。
もう嫌だ……。
マルザワーン陛下にしかられるのも、ナディに泣かれるのも、
ヒルトに小突かれるのも、クラックスに皮肉を言われるのも……
「大丈夫ですよ。そんなの最初だけです」
血の気の引いた青白い魔導師の手が、タウラスの若草色の髪を掴む。僅かに熱を感じた。このまま術を撃たれればおそらく死ぬだろう。
もう駄目だと、頭の片隅では諦めかけていた。
……また、あの子を置いて逝くのも嫌だ……
なのに……こんな……
「彼らも、後で送って……おや、今更涙ですか」
……ごめんよ……
「どうしたサジ?燭台なんてぼーっと……」
「揺れ方……変じゃないか?」
「へ……お前まだ……」
ぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐら
「うおっマジ!?」
「長すぎる……でかいの来るぞ!!」
「つ、つ、潰されちゃ、ちゃっ!!」
ぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐら……
「あ、収まった」
「でかいの来なかったじゃ……っ!!」
がっしゃーんっ!!
「……へ?」
三人が振り向いた場所には、今の揺れで落ちて来ただろう瓦礫と、その上に降り注ぐ陽光が一筋流れ落ちていた。
文字通りの光明。だが、今の揺れがもたらした光明はこれだけではなかった。
「うっ……はぁっ……」
タウラスは、一刻も早くこの場を離れたかった。自分の横に転がるのは全身をかまいたちによってバラバラにされた魔導師。
先ほどの揺れは、あの魔導師の精神集中を乱し、タウラスに術を使う機会を与えた。
その時使った術は……後にクイックタイムと呼ばれる事になる術。
己の時流を最大限にまで加速し、瞬時に動く事を可能とする術。
しかし、その不可は大きい。負傷し、術力が尽きかけていたタウラスにはなおのこと。
だが、彼らは間違いなくこの部屋に来るだろう。
あの子達に、こんな惨殺死体を見せたくは無かった。
何とか開けた扉の向こうに、彼らはいた。コウメイの背中ではエアが寝ている。
やはり二人を引き上げるのは相当な重労働だったようだ。
「タウラス……大丈夫?」
「少し……疲れました……町に……戻りま……」
……良かった。無事で……
サジタリウスを抱きかかえるように、タウラスは前のめりに倒れ込んだ。
「な、なぁ……まさかと思うけど……」
「ん。大丈夫、疲れて眠ってるだけ……」
その帰路……。
「うあー……だりぃ〜きつい〜」
「コウメイ……ちょっとそっちと変わってくれんかね?」
「いや……エアも弓使ってるから結構筋肉ついてっぞ……」
大人二人を背負って帰るハメになった子供二人はぶつくさ文句を言いながらの帰路となった。
「陛下……」
「タウラス?」
……ナディ……ヒルト……クラックス……
「サジ……」
「え?」
それ以上は聞き取れなかった。町に戻って、タウラスを降ろしたとき、リオルに肩がぐっしょり濡れていると指摘された。
ちなみに、タウラスは速攻で医務室送りとなった。
そして、ソウジにこれまでの経過を伝える事に。サジタリウスが代わりに伝えようとしたが、タウラスが頑と譲らなかった。
「そうでしたか……魔導師が……」
「溶岩の方は……サラマンダーさん達の言う方法でなんとかなるでしょう……出発は……いつです?」
「明朝に。でも、タウラスは休んでいた方がいいでしょうね」
「明朝……ですか。じゃあ……ちょっとサジタリウスを呼んで来て貰えますか?」
「サジタリウス〜タウラスが呼んでますよ〜」
「あ、はい……」
医務室へ向かうサジタリウス。見送るリオルとベネディクト。
「なんか、ぼやーっとしてないか?疲れとは別にさ」
それを、聞いて、リオルがぽつりと言った。
「噂……」
「ん?」
「あの二人……親子だったんじゃないかって……聞いたことが」
「……それが解る何かでも、あったのかね」
「何ですか?」
医務室で横たわっているタウラスは、酷く弱っていて、何も知らない人が見ればまるで看取られる直前のようにも見えた。
「そこに、私の荷物があるでしょう。手帳があるはずなんですが……」
「うん」
「その一番最後のページに……あの砦で何度か使った術が記されているんです。多分、君なら明朝までに修得できるでしょう……上手く使えば……溶岩を砕いても……」
「……はい」
|