フォックスは、その光景に酷い皮肉を感じずにいられなかった。
少年は強かったはずだ。少なくともかつての…
幼い日、こっそりと叔父様と慕っていた男に同行した頃よりは…ずっと…。
自分とて、彼がいなければ今こうして皮肉を感じていなかった。なら目の前の光景は何なのか?
倒れる皇帝。目の前で、涙を浮かべることもなくそれを見つめる少年。
それに近づいていく…かつての英雄…。
少年は…ただただ…今己の内に流れ込んだ物に想いを馳せていた。
流れ込んだ記憶。今の自分を責める気持ちなどこれっぽっちも…
むしろ来てくれて助かったと本気で思っている記憶。
しかし…彼は…拒絶した…。
自分に、果たしてその資格があるのか?
未だに拭えない恐怖の記憶。後悔。未熟を棚に置いた憎悪。
果たして自分は皇帝の器だろうか?
確かに…彼女は彼にそれを見た。それは決して過ちでは無かった。
しかし…
…その瞬間の少年は、母を失った子供と同じであった…
だから、拒絶した。しかし、もう遅い。
皇帝の記憶は伝承の秘法を離れ、少年の元に降りた。
少年の記憶を伝承の秘法は飲み、新たな皇帝へ伝えた。
一瞬の光。その間に行われた記憶のやりとり。
それは…誰の目にも…触れることなく…。
受け継がれた記憶は、今自分に迫りつつある状況を、恐ろしく、冷静に伝えた。
今…目の前にいる…ロックブーケの術に自分が屈すれば、
この手で、フォックスや、サファイア達を殺める事になるのだろう…。
リオルから受け取った指輪は、彼女の放つ雷は防いだが、この術には抗らえ無い。
この記憶の有無が…今の、ひいては世界の命運を賭けた一場面をも動かすことになる…。
意識が犯されていく。そのさなか、悠久の記憶の中で探した。
この状況を脱する方法を。答えに連なる情景は、驚くほど最近にあった。
同じ状況。皇帝さえあわや屈する様な状況に、唯一平然と、適切に動いた男…。
…タウラス…?
十五年前の彼。彼が…他の誰とも違う何か…何か…。
導き出された答えは…酷く単純な物だった…。
術が終わる。彼の意志は、未だまどろみの下にあった…。
「じゃあ、まずあの子殺して貰おうかしら?」
そんな言葉は、聞こえていなかった。
突き出された手の平。その上で踊る光。それが、部屋を閃光で包む。
意識はまだ移ろいの中。
目の前の女の手の平の光。それは…多分かわせない…。
ああ…帰れないかな…?
その直後に見えた白刃が、鮮やかな赤に染まる…。
「ソウジ…。」
「こんな形で…彼女と共になるとは思いもよりませんでしたよ…。」
その女の手が自分の首に伸びる…抵抗した…むざむざ…殺される気は無かった。
「僕は…帰るんだ…。」
そうだ…リオルの指輪…返さなきゃ…。
「だったら…。」
女の声は…耳ではなく…意識の奥深くに響いてきた…。
…私だって…帰りたいわよ…
その一言に、どれ程の意味があったのだろうか…ただ…酷く悲しくなって…。
その亡骸が灰に変わったとき…僕は泣いた…。
何か…酷く悲しい物が頭の奥をすり抜けていった…。
何で…こんなに悲しかったのかなぁ…。
…陛下の亡骸は…彼女の家族…兄の横に葬られた…。
「…これで…良いんだよね…。」
「ええ…彼女が…最も望んでいたことですから…。」
それに…何より…これから僕等が言わなければならないことは…。
「…で、何でソウジが継いじゃうわけ?」
「えと…それは…う…。」
また吐血…安心したから?とはいえ…こんな状態の男が皇帝を継ぐというのは…不自然極まりない。
まして…フォックスとサファイアは知っている。僕が、それを受け継いだ瞬間を…。
ディアナさんは…意識を無くしていて見ていなかったけど…結局ばれる。
「……まぁ…状況が状況でしたから…。」
「今日は……休もうよ…ね。」
……彼女の記憶…それは…皇帝の部屋でのこと…。
「次の皇帝はアイツ…か。」
傍らにいたのは…クラックスだ…。
「多分…そうなるでしょうね…とは言っても、ずっと先の話よ。」
「先…か。」
……その先に起こるはずのことが今現在ここにある。
クラックスのこと…僕…知っちゃった…彼は…
僕は…寝付けなかった。いや、寝付けるはずもない。
突然流れ込んできた記憶。それを紐解くのに手一杯だ。
多分、ソウジも眠れては居ないと思う…あ、吐血音が…。
僕は…あの塔を見ていた。ただ…ぼんやりと…視界に、動く物が映るまでは…。
それは塔の、自分が入り込んだ穴。そこから…青緑色の長い物が…
それに…引き寄せられるように向かう…いたのは…龍だった。
水龍…多分自分一人だと勝てそうもない相手…それに…何故自ら歩み寄って行ったのか…。
「……私を恐れぬのか?」
「!?」
気付かれたとか、初めて見る龍だとか、それ以前に…喋った……。
「……喋れるの………?」
「長く生きたからな…。」
自分の中に…強烈な疑問が浮かび上がっていた…。
それを…口に出した…彼等は…七英雄は何を求めていたのか…。
それを聞き終え、住処へ帰る水龍を見送ると…サファイアさんが来た。
「サジタリウス君無事!?」
「え…ああ…特に怪我もないし、大人しかったから…。」
水龍の話…かつて栄えた術文明。それを襲った天変地異。
空間移動の塔。先発隊として送られた七英雄。その時起こった…事故…らしき物。
「良かった…あなたにまで何かあったら…私…。」
…帰れないもの…
……何となく解る。彼女が心配しているのは僕じゃない。
そして…僕等はアバロンへ……。
「……そう…ですか…。」
「で…ソウジが継いだわけか…。」
僕の知る、二人の術士の反応は実に対照的な物だった。
哀悼の意を示す。タウラス。少し目を細め、その後ソウジを睨み付けるクラックス。
理由は…何となく解る。彼女は一度はソウジを思っていたが、
結局持病の事もあって一度断念している。
大臣達の方も…動揺の色が見え隠れしている…。
そりゃあ執務中に倒れられでもしたらねぇ…。
そして…僕等はその時の状況とか質問攻めにされた。
誰も…僕を責めなかった。責めないでくれと言ってくれた…。
何だかそれが…痛くて…。
「アンタが責任を感じることはないよ。回復術かけてくれなかったらホントにやばかった。
ディアナなんてホントにギリギリの所だったんだからさ。」
「……うん…フォックス…ありがと。」
そして、僕が会いに行かないといけない人物が一名…。
「リオル!」
「あ。お帰り。」
……対応。変化無し。一番ホッとしたようなちょっと複雑な気分のような…。
「あ、指輪。返すよ。」
「いや、持ってなよ。役に立つよ。」
「あ…うん。」
リオルには…継承のこと…話しちゃおうかな…と、言う気に少しだけなった。
もっとも、その必要は無くなるのだけど…。
ソウジの姿を見付けて、そっちに行こうとしたら…クラックスと…
何か真剣な眼差しで…。
「何故お前が継ぐことになった?」
「……。」
僕が継いだことは…あの場にいたみんなだけの秘密。
混乱を避けるために、そうしようと決めた…。
「一度…アイツが継いだんじゃないのか?」
確信、突いてきた。ん…あ、リオルが真に受けてるし…で…ソウジは…?
「……ええ…。」
あ…言っちゃったよ…。
「そうか…いや、それを聞きたかっただけだ。」
「何なら、あなたが継いだ方が良かったですか?」
「馬鹿言え。」
俺は、お前より先に逝くぞ。多分な。
「!?」
驚いたような表情をしていたリオル…僕は…知っていた…。
「……一人称…俺?」
「リオル…わざと言ってない?」
「……ばれた…?」
……案外緊迫感が苦手なんだろうかコイツは…。
「やっぱり…体の方は…?」
「ああ…お前等が居ない間に二度も吐いた。
まぁ…精々頑張って跡継ぎ探すんだな。候補ぐらい考えて置けよ。」
「そうですね…。」
そう言って…クラックスは踵を返す。
僕とリオルは、そのまま部屋へ戻り、床に就いた…。
「…クラックス…みんなが出かけている間に何度か倒れたんだ…。」
その言葉は…耳に痛いものだった…。
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